【1】 記憶
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 以前のブログ2020年【1月18日】 知識に書いた通り、NIST SP 800-171(NIST)の話がまた出来てきた。
 久しぶりに、アメリカ人の友達と話そうと思って、メールで連絡をした。

 彼は、

NIST
アメリカ国立標準技術研究所 (ウィキペディア)

で働いている。

 奥さんが中国出身なので、連絡は、

WeChat (Apple)

で、と連絡が来てしまった。15年ぶりの会話は、国際電話ではなく、Zoomでもなく、WeChatである。

【2】 旅行
 久しぶりなので、過去にいろいろ行った場所をここに記載しておこうと思う。そろそろ年なので、備忘録も兼ねている。

 初めての海外旅行は、一人ですべて設計をして日本を発った。当時は、激安航空券が出だしたころで、今見直したら、一番安い会社はHISという会社だった。

(1)アメリカ国ケンタッキー
 彼に会ったのはここで、である。母親の弟の友人がアメリカ人大学教授と結婚をして、ケンタッキーに住んでいたので、その知り合いの大学教授の家にホームステイすることになった。WKUの哲学の教授で、Arvin Vosさんである。

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PHILOSOPHY AND RELIGION NEWS (WKU)
Western Kentucky University

 こんなに時間が経っても探せる時代になったのか。左から2番目の高身長の彼である。家に帰ってくると、人目を憚らず、チュしているのが、びっくりしたのを思い出す。当時日本では考えられない行動である。

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Expert: Miriam Vos (EMORY)

 探して見つけたのは2女の彼女である。4人姉妹で、一番下に長男がいた。

ケンタッキー州 (ウィキペディア)
Kentucky (wikipedia)
ボーリンググリーン (ケンタッキー州) (ウィキペディア)

 初めて参加した結婚式は、アメリカであった。本当にいろいろを気を使ってもらい、裁判所に行ったり、アメリカの授業にも出させてもらった。お金を稼いだのもアメリカが初めてである。ベビーシッターについていったら、チップをくれた。ホスピタリティに今でも感謝している。

(2)ドイツ
 ドイツ語を勉強しにドイツである。アフリカからの国費留学生が多数来ており、彼が残した食事のチケットをもらい、1ヵ月1万円生活だった。
ケルン (ウィキペディア)
Carl Duisberg Centren
ライン川 (ウィキペディア)
ケルン大聖堂 (ウィキペディア)

 海より広いと感じるライン川、天にケンカを売っているケルン大聖堂が記憶に残っている。

(3)ドイツとロシア
 正直、もう二度と小さい都市には行かないと決めた。ここでの経験がトラウマである。ドイツなので土日が休みなだけではなく、町が小さい。
マールブルク (ウィキペディア)
・2010年【11月11日】 帰り道が寂しかった。

 雪国は冬が良い。着いた日は暖かったらしく昼間0度だった。ホストマザーが買い物に連れて行ってくれるというので、ついて行ったが帰ってきたらマイナス35度になっていた。なんとも言えない頭の痛さを覚えている。道端は、アイスクリームが地面に積み上げられている。一番のご馳走らしい。溶けないんだ〜、当たり前か。

モスクワ (ウィキペディア)
モスクワ大学 (ウィキペディア)
赤の広場 (ウィキペディア)
レーニン廟 (ウィキペディア)
ボリショイサーカス (ウィキペディア)

 ツアーがいくつもついていて、人形劇、サーカス、そして赤の広場、レーニン廟にいった。後で韓国で見ることになる、人間が門の番で動かず番をしているはここで見たのが初めてである。

 簡単に会釈したら、目が動いていたw あまり寒いので廟のなかでポッケに手を入れていたら、出さされた。初めは意味が分からなかった。敬礼の意味である。

(4)台湾
 大学の友達が一人で行きたくないという事で、一緒に行く事になった。ドイツとロシアは語学の勉強だったが、こちらは観光である。
台湾 (ウィキペディア)
台湾市 (ウィキペディア)
 部屋代は、先方の旅館のオナーのおばさんが全部払ってくれた。遊園地にも連れて行ってもらった。

(5)アメリカ
 この時は日本人が多すぎて楽しくなかった。UCLAにも行ったことがあるが、リバーサイドの語学学校に通っていた。

サンフランシスコ (ウィキペディア)
ロサンゼルス (ウィキペディア)
カリフォルニア大学リバーサイド校 (ウィキペディア)

(6)エルサレム
 物理学の国際会議で訪問した。クリスマスを聖地で過ごす価値を計り切れなかった。ただ、いろいろ経験したのは確かである。嘆きの壁も、やっと女性が入れるようになった頃である。

イスラエル (ウィキペディア)
エルサレム (ウィキペディア)
・2020年【2月6日】 外国へ行く
・2016年【11月6日】 キリストの墓に迫る
・2009年【8月27日】 死海

(7)コペンハーゲン
 何度行っただろうか。消費税が25%で、物価高いなぁというのを覚えている。3ヵ月3回ぐらいお世話になった。韓国人孤児を養子にもらう文化があり、訳も分からずデンマーク語で罵られた経験があり、非常に不快に感じたのは事実である。
 ただ、物理学で世界的に有名なニールスボーア研究所では、湯川秀樹先生や朝永振一郎先生の写真が飾られており、勇気づけられた気持ちになった。
 後に、ここで会った研究者をスカウトしに明洞に行く事になる。

デンマーク (ウィキペディア)
コペンハーゲン (ウィキペディア)
・2009年【5月17日】 ニールスボーア研究所

(8)韓国
 当時のアイズファクトリーの社長に研究者を探して来るように指示を受け、韓国に行くことにした。自腹だった。行き先を明洞と言うとタクシーに乗せてもらえず、なんという国だ?と思っていたが、混雑するので明洞にタクシーで行ってはいけけなかったらしい。
 言葉の壁を感じる経験をした。

大韓民国 (ウィキペディア)
明洞 (ウィキペディア)

(9)アメリカ
 こんなに時間が経ったのか。初めてのアメリカの都会という感じだった。

・2016年【10月2日(現地時間)@カルフォルニア】 1日目
・2016年【10月3日(現地時間)@カルフォルニア】 2日目
・2016年【10月4日(現地時間)@カルフォルニア】 3日目
・2016年【10月5日(現地時間)@カルフォルニア】 4日目
・2016年【10月6日(現地時間)@カルフォルニア】 5日目
・2016年【10月7日(現地時間)@カルフォルニア】 6日目


(他)京都
 日本だが書いておきたいのが、国内留学した京都である。1ヵ月いたのだが、時間がゆっくり流れている。学問に集中できる。こういう場所でノーベル賞は育成されると感じた。

京都市 (ウィキペディア)
京都大学
基礎物理学研究所 (京都大学)


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2014年【8月28日】 ●トランプ2組ゲーム「レットラー」の正しい遊び方